知っているようで知らないパールジュエリーの歴史

Blog 真珠のお話

知っているようで知らないパールジュエリーの歴史

福島県二本松市のリュクレ石沢です。
結婚指輪や婚約指輪を探している、検討しているカップル様へ
ブライダルジュエリーに関するお話をしております。

指輪選びの参考にご覧ください。また、店頭では当店オリジナルジュエリーの結婚指輪と婚約指輪をはじめ多数のブランドも取り揃えております。ぜひご来店の上、下見にいらしてください。

 

さて、今回は

「知っているようで知らないパールジュエリーの歴史」

について書いていきます。

知っているようで知らないパールジュエリーの歴史

 

【真珠の始まり】天然真珠の魅力

養殖真珠がなかった頃、真珠は天然真珠だけでした。天然真珠はアコヤ貝など真珠層を持つ貝に偶然入った小さな異物を核にして、長い年月を掛けて真珠層が形成された宝石です。天然真珠の核は養殖真珠と違い真円ではなく、無核のこともありますので、真円の真珠になるのは奇跡に近いほどまれです。古代の人は天然真珠を見つけると、月の滴、人魚の涙と呼んでその希少性を尊びました。それだけ貴重で珍しい宝石だったのです。天然真珠の真珠層は厚く、テリや輝きも素晴らしいものが多いのです。

世界各地の天然真珠文化

紀元前4世紀、アレクサンダー大王の統治時代、交易の発展に伴い東洋から西洋に天然真珠が運ばれるようになりました。その時代の真珠の主要な産地は紅海と中東でした。天然真珠は長い間、権力の象徴とされ、多くの王族は真珠を使ったジュエリーを身に着け、権威を誇ったといわれています。

15世紀から16世紀にかけ、コロンブスやスペイン人が新大陸に向けて航海を始め、中央アメリカや南アメリカ大陸で真珠や真珠貝を発見し、新大陸の真珠はスペインに莫大な富をもたらしました。この時代は「真珠の時代」とも呼ばれ、天然真珠はヨーロッパの王族や貴族に愛される希少な宝石として、多くの人々を魅了していきました。

天然真珠の主な産地は、ペルシャ湾、マナール海、アメリカ大陸、日本など。ペルシャ湾の真珠採取の歴史は4000年前と言われています。バーレーンがその中心で、ここから数多くの天然真珠の採取船が出ていきました。1900年代に産業として栄え、最盛期には真珠貝を採取するダイバーは2万人を超えました。1930年代に入ると乱獲の結果、真珠産業は衰退していきました。

インドに近いマナール湾の真珠採取も歴史が古く、紀元前550年に遡ります。この地域で採取された天然真珠は古代ローマ帝国で高い評価を受け、マルコポーロも「東方見聞録」の中で、真珠採取の様子を詳しく書き記しています。乱獲により、19世紀に終焉を迎えました。

アメリカ大陸は海水産、淡水産共に長い天然真珠の歴史を持っています。海水天然真珠は紀元前1400年から1500年にかけて栄えた、メキシコの遺跡やインカ帝国の遺跡から装飾品として用いられた真珠が発掘されています。アメリカ大陸の天然真珠が世界に知られるようになったのは、コロンブスのアメリカ大陸発見後です。コロンブスはベネズエラのマルゲリータ島やキューバグア島付近で先住民が船を出して真珠を採取しているのを見て、真珠を物々交換で手に入れ、スペイン王女の元に送ったとされます。この地域にはカリブアコヤ貝、パナマ黒蝶貝、レインボーマベなど何種類もの真珠貝が生息していました。

日本で最初に真珠の記録が出てくるのは古事記です。「しらたま」と呼ばれ、尊ばれていました。奈良の正倉院には奈良時代の真珠が4158個保存されています。古文書には志摩地方や長崎県対馬地方が真珠の産地として記されています。

日本の誇り「御木本真珠」の誕生秘話

天然真珠の素晴らしさに感銘を受けた御木本幸吉が真珠の養殖にチャレンジすることから、日本の養殖真珠の歴史は始まりました。

御木本幸吉は10代のころから、青物や米穀の行商を行っていましたが、見分を広げるため東京や横浜へ、関西へと視察旅行に行った際、自分の地元志摩地方の特産品である真珠などが高値で取引されていることを知り、海産物商人へと転身します。天然真珠は当時、希少品として高値で取引され、業者による乱獲が行われ、絶滅の危機に瀕していました。

東京の水産品品評会で人工的に真珠を作りだす養殖を提案された御木本幸吉は妻うめと共に本格的な真珠の養殖に取り組み始めます。プランクトンが異常に発生する赤潮に見舞われるなど苦労をしながら、1893年、赤潮を免れた貝の中から、大粒の半円真珠5粒が発見され、これが日本で初めての養殖真珠となりました。

さらに12年後、核入れの作業が上達し、真円の真珠5粒が発見され、真円真珠の研究に力を入れていきます。確実に真珠層を核に巻かせる方法を確立し、特許を取得し「明治式」という名称で呼ばれるようになりました。この発明によって、日本の養殖真珠は飛躍的な発展をとげ、世界中に広まっていきました。

養殖真珠の革新!技術と美の進化

真珠の出来不出来を大きく左右するのが挿核手術です。挿核手術に入る前に、貝の口を開けたままにしておく「栓さし」という作業を行い、口を開けた母貝の外套膜にピースと核を移植します。これを挿核手術といいます。貝の外套膜は真珠層を分泌し、手術は高度な技術を要します。手術が成功すれば、ピースが核の周りで増殖し、確実に美しい真珠層を形成します。母貝の飼育、核入れ、養生、沖出し、採取、加工まで最大4年の歳月をかけて、人の手によって行われる真珠の養殖。日本の高度な技術が美しい養殖真珠を生み出しているのです。

真珠の現状と新たな課題

真珠の養殖業は平成5年以降減少傾向にあり、リーマンショックの影響を受けてさらに低迷していきました。近年、稚貝の大量へい死もあり、生産量の減少が課題となっています。最近ではコロナ禍の影響で輸出額も減少するなど厳しい状況が続いていましたが、少しずつ回復傾向にあります。品質の高い真珠を安定供給することが業界の課題です。そしてフォーマルな宝石という印象の強かった真珠をカジュアルに、もっと日常に取り入れ、多くの方に気軽に真珠を楽しんでもらえるようにすることも、課題のひとつです。

 

婚約指輪や結婚指輪の相談をはじめ、お母様から譲り受けたダイヤモンドを
婚約指輪にして渡したいなどのご要望も受け付けております。
一度、ご相談ください。


関連記事

最近の記事

  1. 知っているようで知らないパールジュエリーの歴史

  2. パールのついたリングは手洗い時にははずした方がいいの?

  3. 婚約指輪や結婚指輪に誕生石を使っていい?

  4. やっぱり欲しい!ダイヤモンドの婚約指輪への憧れを彼に伝える方法

来店予約
オンラインストア
LINEでお問い合わせ